大妻多摩中学高等学校

【校長室より】茨木のり子の「女の子のマーチ」

20190311校長室より_茨木のり子

茨木のり子の「女の子のマーチ」

1926年大阪生まれの茨木のり子は1943年に上京して帝国女子医学・薬学・理学専門学校(現東邦大学)に入学、1945年に20歳で終戦を迎えています。彼女は敗戦という焦燥感のなか「書きたいという気持ちが起き」て薬学から文学へと転向し、劇作家としての道を歩みますが、1950年頃から詩を書き始め、1953年に川崎洋ら詩人仲間と同人誌「櫂」を創刊。同誌二号には谷川俊太郎、三号には吉野弘が加わりました。

2007年に出版された『落ちこぼれ』(理論社)には、茨木の過去の詩集から「私が一番きれいだったとき」、「女の子のマーチ」、「自分の感受性くらい」や「倚りかからず」など、戦争や差別に対する少女の憤り、夫と死別したあとの自立、晩年の孤独をはねのける強さが感じられる茨木の代表作が収められています。

「女の子のマーチ」

男の子をいじめるのは好き
男の子をキイキイいわせるのは大好き
今日も学校で二郎の頭を殴ってやった
二郎はキャンといって尻尾をまいて逃げてった
       二郎の頭は石頭
       べんとう箱がへっこんだ

パパはいう お医者のパパはいう
女の子は暴れちゃいけない
からだの中に大事な部屋があるんだから
静かにしておいで やさしくしておいで
       そんな部屋どこにあるの
       今夜探検してみよう

おばあちゃまは怒る 梅干ばあちゃま
魚をきれいに食べない子は追い出されます
お嫁に行っても三日ともたず返されます
頭と尻尾だけ残し あとはきれいに食べなさい
       お嫁なんか行かないから
       魚の骸骨みたくない

パン屋のおじさんが叫んでた
強くなったは女と靴下 女と靴下ァ
パンかかえ奥さんたちが笑ってた
あったりまえ それにはそれの理由があるのよ
      あたしも強くなろうっと!
      あしたはどの子を泣かせてやろうか

なんとも痛快な詩です。幼稚園や小学校では女の子の方が遙かに強いものです。「そんなおてんばで将来どうなるのかしら」とお母さんやおばあちゃんは嘆くかもしれませんが、そんなことかまわない。世間では女と靴下が強くなったというけど、「あたしも強くなろうっと!」とは頼もしいではありませんか。「わたし、解釈を加えないと判らないような詩は書いていないつもりです」と茨木さんはかつて言ったそうですが、瑞々しい少女のような感性が読み手の心に突き刺さるようです。昭和五七年度NHK 音楽コンクール高校課題曲となりました。作曲は瑞木薫。

夫の死後2年ほどして書かれた「自分の感受性くらい」は彼女の代表作になりました。最後の3行が強烈です。

「自分の感受性くらい」

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもがひよわな志しにすぎなかった

だめなことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

自分が失敗したことを何でもかんでも人のせいにするのではなく、感受性ぐらい自分の心に正直になりなさいよ!とは当たり前とはいえなかなか言えない。最後の「ばかものよ」が効いています。