大妻多摩中学高等学校

【校長室より】Chim chiminey, chim chiminey, chim chim cher-ee

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「チム チムニー、チム チムニー、チム チム チェリー」で始まる「煙突掃除夫の歌」のメロディーはみなさんも聴いたことがあると思います。傘を差して空からやってくるナニーのメアリー・ポピンズが、ばらばらになりかけた家族をまとめるという映画『メアリー・ポピンズ』(Mary Poppins, 1964)の続編『メリー・ポピンズ・リターンズ』(Mary Poppins Returns, 2018)が上映中です。(Maryは一般的にはメアリーと書きますが、今回の映画ではメリーと表記しています)

『メアリー・ポピンズ』は、オーストラリア出身のイギリスの作家パメラ・L・トラヴァース(1899-1996)が書いた児童書であり、1934年にロンドンで出版されて以来1988年までにシリーズ6作品が出版され、世界中で翻訳されて人気になりました。1964年ジュリー・アンドリュースの主演で映画化されてアカデミー賞5部門で受賞、アンドリュースはこの映画が主役デビュー作となりました。

原作の舞台となるのは1910年のロンドン桜並木通り(Cherry Tree Lane) 17 番地にあるバンクス夫妻と4人の子どもたちの家。銀行員のバンクス氏の妻ウィニフレッドは女性参政権運動に熱心なあまり子どもたちの養育はナニーにまかせきりだが、いたずら盛りの子どもたちに手を焼き、ナニーは次々と辞めてしまう。子どもたちがナニーの希望条件を紙に書いてバンクス氏に渡したところ、彼はその紙を暖炉に放り込むとあっという間に燃え上がり、煙となって煙突から舞い上がってしまう。すると、翌日になってオウムの柄のついたパラソルを差したメアリー・ポピンズがやって来る。子どもたちの希望を何でも叶えてくれるオールマイティーのメアリー・ポピンズはあっという間に子どもたちの気持ちをつかむというストーリー。

今回の映画『メリー・ポピンズ・リターンズ』の背景は前作1910年から25年後の1930年代の大恐慌時代です。かつてのバンクス家の長男マイケル・バンクスとその一家を中心に、住んでいる家が借金の抵当になったことが判明、その苦境から一家を救うのがメリー・ポピンズ。彼女はマイケルの子ども時代と寸分違わぬ若さを服装で一家の元にやってきて、3人の子供たちのナニー兼ガヴァネスを務めるというストーリー。マイケルの上司で銀行の頭取であるウィリアムをコリン・ファース、メリーの従姉であるトプシーをメリル・ストリープが演じるなど、脇を名優が固めています。原作の煙突掃除夫の代わりに、本作では時代を反映してガス灯の点灯夫が活躍します。

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メアリー・ポピンズをナニーと書きましたが、正確には「ナニー兼ガヴァネス」という職業。「ナニー」とは幼少期に母親に代わって子育てをする乳母のことで、「ガヴァネス」とは子どもが就学年齢になるまでの期間の勉強を教えるいわゆる家庭教師。男の子はナニーの手を離れて寄宿学校で勉強することになりますが、女の子は学校に行くことなくガヴァネスから読み書き算数や絵画や音楽などを習います。主にヴィクトリア朝(ヴィクトリア女王が統治した1837年から1901年まで)の中産階級の家庭では、ガヴァネスは教養のある未婚の女性の仕事として一般的でした。彼女たちは子どもたちが一定の年齢になると退職してまた別の家族のところで子どもたちの世話をするのです。

文学作品にもたびたびナニーやガヴァネスが登場しますが、例えば『ピーターパン』では、さほど裕福ではないダーリング夫妻は、ナニーを雇う余裕がないので犬のナナがナニーの役割を引き受けます。シャーロット・ブロンテ作『ジェーン・エア』の孤児のジェーンはロチェスター家のガヴァネスとなり、最終的に主人のロチェスター氏と結婚しますし、『サウンド・オブ・ミュージック』のマリアは修道院からガヴァネスとしてトラップ家に派遣され、やはり主人のトラップ大佐と結婚することになります。またミュージカル『王様と私』のアンナは王室のガヴァネスですし、アン・サリヴァンはヘレン・ケラーのガヴァネスです。
このようにワーキングクラス出身のナニーとロウア-ミドルクラス出身のガヴァネスは、階級差を感じつつもミドルクラス以上の家庭に住み込みで仕事をし、子どもたちのしつけと教育という点で大きな役割を担っていました。