大妻多摩中学高等学校

【校長室より】「ソロー『森の生活』を漫画で読む」を読む!

「ソロー『森の生活』を漫画で読む」を読む!

森の生活を漫画で読む

近所に書店がなくなってしまったので、新聞などで面白そうな新刊書を見つけるとネットで注文しています。『森の生活』の漫画が出版されたというのでさっそく注文してみました。(いそっぷ社)「あの『森の生活』が漫画になるはずないでしょ」と思いましたが、実際に本が手元に届くと、漫画というより超訳の絵本といった感じ。アメリカ人作家でありイラストレーターのジョン・ポーサリーノが原作を自由に再構成して作者ソローの言葉のエッセンスを抽出し、その言葉にイラストをつけたもの。翻訳は金原瑞人。本の後半には同じく金原による原作『ウォルデン』の抄訳が付録としてついています。

『森の生活―ウォルデン』とは、19世紀半ばのアメリカ東部マサチューセッツ州コンコードに暮らしていたヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau, 1817-1862)が、友人で作家のラルフ・ワルドー・エマソンに触発されて人里離れたウォルデン湖に接している森林を買い、そこに丸太小屋を建ててたった一人で自給自足の生活を始め、途中人頭税を払わずに一晩投獄されたりしながら過ごした、2年2か月の湖畔での生活の記録です。(人頭税とは国民一人に対して課せられる税金。納税能力に関係なく払う。)

『森の生活』を超漫画訳で読むこと自体とても大胆な試みなのですが、ここでちょっとまじめに、この本はどのような内容なのか見てみましょう。

わたしが森へ行ったのは、人生の基本的な事柄だけに向き合い、慎重に生活したいからだった。それは人生が教えてくれることをわたしが学べるかを確認したかったからであり、わたしが死ぬ時に本当の生活を送らなかったと後悔したくなかったからだ。わたしは人生でないものを生きたくなかった。生きることはとても崇高なことだからだ。それに、人生がそんなに重要なものでないかぎり、あきらめたくもなかった。わたしは人生の真髄をこころゆくまで深く味わい、吸収したかった。(意訳)

I went to the woods because I wished to live deliberately, to front only the essential facts of life, and see if I could not learn what it had to teach, and not, when I came to die, discover that I had not lived. I did not wish to live what was not life, living is so dear; nor did I wish to practice resignation, unless it was quite necessary. I wanted to live deep and suck out all the marrow of life,…

これは『ウォルデン 森の生活』(1854)の原作の第2章「どこに住み、何のために住んだのか」に書かれている『ウォルデン』の中でも最も有名な文章です。学生の時に読んだときには内容も文章も全体的にずいぶん難しいと思いましたが、それ以来たびたび読み返しているうち、博物学者・哲学者・詩人としてのソローの側面が少しずつ分かってくるようになりました。アメリカに行ったときにはコンコードまで足を延ばし、ウォルデン湖畔に建てられている丸太小屋のレプリカを見てソローの隠遁生活を追体験したり、『若草物語』の作者であるルイザ・メイ・オルコットの家を訪ねたり、魔女狩り博物館を見学したりしました。時を経ても、作家たちの住まいは、周囲の自然とともにほとんどそのままの姿で残り、当時の彼らの生活を思い出させてくれます。

イギリスから独立して100年近く経過した19世紀半ばのアメリカは、人々の生活も安定し、コンコードを中心にアメリカンルネサンスとよばれるアメリカ独自の文化・文学が花開きました。1850年を中心に、教育学者のブロンソン・オルコット、詩人のウォルト・ホイットマン、作家であり哲学者でもあるエマスン、作家のナサニエル・ホーソーンとエドガー・アラン・ポーなどの超越主義を提唱する文学者や哲学者がサロンに集い、文学史に残る作品を生み出しました。人里離れたといっても、ソローは文明からまったく切り離された生活をしたわけではなく、近くには村も畑も果樹園もありましたし鉄道線路も走っていました。ソローは村人とも接触しようと思えばできる距離に住まいを構え、訪問者があれば招き入れたりしましたが、日常はあえて一人で晴耕雨読の生活を送り、それを記録として残したのです。彼の実行したシンプル・ライフは60年代の対抗文化やヒッピーたちに影響を与え、『ウォルデン』は彼らのバイブルになりました。そしてエコ文化が提唱され、持続可能な地球を取り戻そうというSDGsの考え方が全世界に広がるにつれ、この本は再び読まれて再評価されています。

漫画の主人公の「わたし」は簡素な服を着たソローらしい人物。「物質的な文明のなかにあっても、原始的な辺境の地で生活すれば、ありがたいことに、人生で本当に必要なものは何か、それを手に入れるためにはどうすればいいかがわかる。」こう考えた「わたし」は、ウォルデン湖に来た理由を次のように言います。「安く生活するためでもなければ、ぜいたくな生活をするためでもない。できるだけ邪魔のないところで、自分が本当にしたいことをしたかったからだ」。こうして「わたし」が到達した境地は「夢の指し示す方向に自信を持って進み、自分の思い描いた生活をすれば、普段は思いもよらない生活を手にすることができる」ということでした。せんじつめれば、とても簡素な生活をすること。表紙にもある「シンプルに暮らそう!」というのが現代人の私たちに向けられた言葉なのです。