大妻多摩中学高等学校

【校長室より】フェルメール、「中断された音楽の稽古」

フェルメール、「中断された音楽の稽古」

東京の上野の森美術館で10月5日から来年の2月3日まで「フェルメール展」が開催されています。先日の日曜美術館でも特集が組まれていましたのでご存知の方も多いと思いますが、今回の展覧会は世界各地の美術館にある35点の絵画のうち代表作を含む8点が一堂に見られるとあって、開催前から雑誌や新聞でも取り上げられています。フェルメールの作品のうち「真珠の耳飾りの女」は有名ですが、今回見ることができるのは「牛乳を注ぐ女」、「マルタとマリアの家のキリスト」、「ワイングラス」、「リュートを調弦する女」、「真珠の首飾りの女」、「手紙を書く女」、「手紙を書く婦人と召使い」の8点です。

バロック期のオランダ人画家ヨハネス・フェルメール(1632-1675)は、市井の人々の生活の一場面を切り取ったような風俗画を残しています。特に一方の窓からさしこむ光による陰影とブルーや黄色などの色彩でも有名ですが、私が注目したのは時間の流れと感情の起伏です。「牛乳を注ぐ女」では甕から注がれる牛乳の流れ落ちるさまが感じ取れるし、「真珠の首飾りの女」では首飾りのリボンをゆっくり首に巻いている女性の心の動きが感じられる。また「リュートを調弦する女」と「手紙を書く婦人と召使い」では、調弦する女性と召使いのいわくありげな表情が印象的です。

フェルメールと聞いて私が思い出すのはニューヨークのフリック・コレクションに展示されている「中断された音楽の稽古」です。アッパー・イーストサイドの5番街の喧騒から美術館に足を踏み入れた時の静けさと落ち着き。20世紀初頭に建てられた邸宅を美術館として使っているフリック・コレクションは、小規模ではありますが壁面も空間もフェルメールの絵画を展示するのにふさわしい。この絵では、女性が楽譜と楽器をテーブルの上に置いたまま音楽のレッスンを中断して手紙を読んでいる。彼女はふと名前を呼ばれたかのようにこちら(絵を見る人)を見つめる。彼女の背後には音楽教師と思われる男性が手紙に手を添えて立っている。ひげを生やした男性の方が女性よりはるかに年長に見えるので、この絵を見る限り二人が恋愛関係にあるとは思えないのですが、解説によると単なる師弟関係ではないらしい。

実はこの絵からインスパイアされた映画があるのです。タイトルはGirl Interrupted、邦題は『17歳のカルテ』(1999)。直訳すると「さえぎられた少女、または邪魔された少女」。原作は1948年生まれのスザンナ・ケイセン。ケイセンによれば、彼女が精神病院に入院の手続きをする前にこの美術館を訪れた際、この絵に描かれた少女の目つきに魅入られたといいます。少女はレッスンを中断してケイセンになにか警告を発していたのですが、彼女はその警告を無視して行動したために精神錯乱に陥り実際に入院します。ケイセンの病名は「境界性人格障害。対人関係やアイデンティティが不安定になった結果、衝動的な行動に出ることがあるという診断。彼女が入院した病棟には同年代の少女が収容されていましたが、彼女たちの病名は「反社会性人格障害」、「虚言症」、「神経性大食症」、「神経性拒食症」、「外傷性ストレス障害」などでした。60年代という時代が彼女たちを精神科病棟に隔離させたのか、あるいは10代の少女特有の精神不安定なのか。どこからが正気で、どこからが狂気なのか。この二つの世界の境界はどこにあるのか。映画はケイセンの精神病棟における回想記録に基づいて製作されたということですが、原作を読んでから映画をみると、正気と狂気はまさにパラレルだということがわかります。ケイセンはフェルメールの絵の少女を見たとき、正気から狂気へと境界を超えてしまったのです。60年代を舞台とし、20世紀末に書かれ映画化された作品とはいえ、この年代の少女たちが抱える問題は現代とさほど変わらない。現在でもさまざまな病名をつけられて集団から引き離され隔離される少女たち。時代が変わっても彼女たちを取り巻く状況は何も変わっていない気がするのです。「中断した音楽の稽古」の少女の目は、同類を見る目なのか、同情なのか、憐みなのか。いずれにしても彼女の目はケイセンの揺れ動く心を見透かしたのでしょう。

自らも精神病棟に入院したことのあるウィノナ・ライダーが主人公のスザンナを演じると同時に製作総指揮も務めていますが、この映画で注目されたのは、スザンナが引き付けられる反社会性人格障害のリサを演じたアンジョリーナ・ジョリーでした。彼女はこの作品でアカデミー賞助演女優賞、ゴールデングローブ賞助演女優賞を獲得し、20世紀幕開けを飾る有望な女優誕生として脚光を浴びました。