大妻多摩中学高等学校

【校長室より】14歳の作家 鈴木るりかさん

14歳の誕生日に作家デビューした鈴木るりかさんの『さよなら、田中さん』

鈴木るりか①

「さよなら、田中さん」
鈴木るりか

「あーっ、もうこんな時間。馬鹿なこと言ってないで、勉強しな。今日は何?算数?漢字も音読もあんだろ?」

みなさんが勉強しないとお母様はなんと注意しますか?「あら、もうこんな時間。花実ちゃん、スマホいじってないで早く勉強しなさい」、お母様の口調はこんな感じですか?『さよなら、田中さん』の主人公である小学6年生の田中花実のお母さんは、一人娘の花実を育てるために、工事現場で力仕事をしたり道路の舗装、家の解体など、ふつう男性がするようなガテン系の仕事をしています。男性ばかりの職場で働いているのでしゃべり方はだれに対してもこんな感じ。花実が同級生の持っているスマホを欲しがると「まだ早い。そんなに電話が欲しいなら、糸電話つくったろか?子供なんかそれで十分」と言い放つ。

小学生が応募できる「12歳の文学賞」(小学館主催)で3年連続して大賞を受賞した鈴木るりかさんは、10月17日の14歳の誕生日に連作短編集『さよなら、田中さん』(小学館)で作家デビューを果たしました。このニュースは新聞やマスコミなどでも取り上げられたのでご存じかもしれません。2006年に始まったこの文学賞は12年目を迎える2017年が最後の募集になるということですが、鈴木さんは2013年に「Dランドは遠い」、2014年に「マイワールド」、2015年に「いつかどこかで」で大賞を受賞しました。『さよなら、田中さん』は「マイワールド」を除く大賞受賞作2編に書き下ろし3編を加えたもの。

母子家庭の花実は格差社会の苦労も人生の悲哀も感じつつ、大食いの母と毎日笑いながら暮らしています。母が話したがらないため父親がどんな人だったかは不明。「いつかどこかで」は同じ母子家庭の友達の別れた父親をめぐるほろ苦い体験を、「花も実もある」は母親に舞い込んだ再婚話の顛末を、「Dランドは遠い」は貧しさをものともせず暮らす花実の力強い姿を、「銀杏拾い」は貧しいながら母の思いの詰まった七五三の思い出を描き、表題にもなった「さよなら、田中さん」は花実の同級生の信也を主人公として中学受験の苦悩を描いています。

西原理恵子さんの表紙のこの本、読みだしたら引き込まれてあっという間に読み終えてしまいました。近所で見かけた作業員の母子をモデルにしたといいますが、主人公の花ちゃんとお母さんがページから飛び出してくるようにビビッドに描かれていて大笑いしたりしんみりしたり、執筆当時小学生だったという作者の瑞々しい感性にただただ圧倒されるばかりでした。

お母さんは生きることと食べることに異常なまでの執着心があり、好きな言葉は「元が取れる」と「買えば高い」。もらい物には目がなく、地元の激安スーパーの半額セールで弁当や総菜を買いこんでは犬のようにがつがつ食らうのをなによりの幸せと感じています。そんな大食いのお母さんですが、短編集の最後の作品である「さよなら、田中さん」では、信也を囲んでの半額寿司パーティの席で出された味噌汁は、きちんと煮干しで出汁をとってあることがわかり信也を感動させます。つまりお母さんはただの安物買いの大食らいではなくてちゃんと味のわかる人なのです。花ちゃんによれば、義務教育を受けたのかすら怪しい母ですが、新聞は隅々まで熟読し、世阿弥やニーチェ、ホイットマンの言葉を的を射た場面で引用したりします。

この二人をめぐる他の登場人物もとてもユニーク、アパートの大家さんのおばさんは「元が取れる」と「買えば高い」でお母さんとばっちり気が合うし、20歳前半だというのに仕事もせずアパートの二階で引きこもっているおばさんの一人息子のけんと(賢人)くんは、どうしようもない人物かと思いきや実は思いやりの心をもったやさしい人だとわかるのです。担任の木戸先生は20代だというのに若々しさがまったくなく、猫背でひょろ長い体型とオカルト好きが災いして女子生徒たちから気持ち悪がれていますが、時々語る言葉が真理をついているのを花実は見抜きます。信也は強い女子にいじめられてばかりいる泣き虫で、上昇志向の母親に翻弄されて中学受験に失敗しますが、彼の唯一の理解者が花ちゃんなのです。山梨の全寮制の中学校に入学する信也くんが「ドナドナ」を口ずさむ場面は読んでいて涙がでます。(志望の私立に合格できなかった信也が母に連れられて山梨に行く途中、市場に売られていく子牛に無意識に自分を重ねて口ずさむのです。)

作者の鈴木るりかさんは現在都内の中学2年生、家の隣が図書館だったので子供のころから遊び場は図書館、一歳半にして絵本を手にして自分でお話を作ってしゃべっていたとか。図書館司書の方に勧められるままに3日に一冊のペースで本を借りて読んでいたといいます。本の裏表紙に書いてあるプロフィールによれば、好きな作家は志賀直哉と吉村昭。『さよなら、田中さん』の花実も図書館通いが日課になっていましたから、花実のキャラにはるりかさんの性格が投影されているかもしれません。花実は小さいころ『小公女』を読んだと言っていますし、図書館から借りてきた本は寺山修二の『書を捨てよ、町へ出よう』なんですよね。渋いです。

花実もお母さんもまったく偏見のない公平な価値観をもち、また花実たちを巡る人々がやさしく、それぞれのやり取りが実に生き生きしているのですが、扱うテーマは母子家庭、離婚、引きこもり、倒産、中学入試失敗など重いものばかり、現代社会の様々な問題を小学生の目線から的確にとらえている点が評価されたのだと思います。読み終わった後、「人は見かけで判断してはいけない」というるりかさんの温かいまなざしを感じ取ることができました。図書館に入れておきますのでみなさんもぜひ読んでください。