大妻多摩中学高等学校

【校長室より】黒人女性数学者たちの快挙

黒人女性数学者たちの快挙――『ドリーム』、名もなき人々

映画『ドリーム』(原題:Hidden Figures、監督セオドア・メルフィ)は、1960年代初頭、米ソのどちらが先に有人宇宙飛行を成し遂げるかという競争の中で、1962年のグレン飛行士によるアメリカ初の地球周回軌道飛行(マーキュリー計画)の成功を陰で支えた人たちを描いています。まだコンピュータ導入前の、紙と鉛筆で地球周回軌道を計算していた時代、ヴァージニア州ハンプトンにあるNASA(アメリカ航空宇宙局)の研究所で「検算」を一手に引き受けていたのは黒人女性計算手たちだったのです。幼いころから優れた計算能力をもっていた彼女たちは、黒人と女性という二重の差別を受けていた時代に、白人男性研究者が計算した軌道計算の「検算」をするために雇われていました。彼女たちの多くは元数学教師でした。

時は1964年の公民権法制定前の、「ジム・クロウ法」と呼ばれる人種隔離政策が行われていた時代。バスなどの公共交通機関や図書館、水飲み場、トイレなどの公共施設はもとより、ホテルやレストランなどでは黒人(有色人種 Colored)には白人とは別の場所が割り当てられており、仮に黒人が白人専用の施設を使用しただけで厳しく罰せられました。バスで帰宅途中の黒人女性ローザ・パークスが、疲れて白人専用の座席に座ったことから逮捕され、キング牧師率いる黒人たちはこれに抗議してバスボイコット事件を起こします。この事件を契機に公民権運動は盛り上がりを見せ、1963年の人種隔離撤廃を求めるワシントン大行進で最高潮を迎えました。

ドリーム①
原題「Hidden Figures」

『ドリーム』は3人の黒人女性を中心にストーリーが進んでいきます。白人ばかりの宇宙特別研究本部の技術者に抜擢されたメアリーは、日に何度か、遠く離れた元の職場にある有色人種専用のトイレに行かなくてはならず、抜群の計算の才能を発揮して検算しても計算手の名前は記されないことを知ります。計算グループのリーダーであるドロシーは管理職への昇進を希望しますが、白人女性上司から黒人は管理職になれないと言い渡されます。ジャネールは専門職の技術者になるために、白人高校への入学に果敢に挑戦します。

メアリーは白人男性研究者の計算ミスを見抜いたうえに、グレン飛行士が地球に帰還するときの軌道計算を導き出し、記名が許される技術者に昇進します。ドロシーはコンピュータが導入されるという噂を耳にするや計算手の職がなくなると判断、部下の女性たちにプログラミングの技術を身につけさせ、彼女たちはコンピュータ導入と同時にプログラマーとして採用されるのです。ジャネールは、裁判によって白人高校に入学を許された初の黒人女性として、NASA初の航空宇宙エンジニアとなります。

原作は製作総指揮も兼務したマーゴット・リー・シャタリーの実話に基づいた小説。黒人であるシャタリーは、父親がNASAで働いたことがあり、地元ハンプトンで本作のモデルとなった女性たちと親交があったといいます。また脚本を書いたアリソン・シュローダーは自身がNASAでインターンを務めた経験があり、祖父母がケープカナベラルのNASAのエンジニアをしていたということです。さらに撮影監督を務めたマンディ・ウォーカーも女性というように、総監督は男性ですが、キャストもスタッフも女性たちのシスターフッドによって製作されたこの映画には、60年代ファッションや音楽に至るまで、きめ細やかな女性目線があちこちにみられます。

原題Hidden Figuresとは、直訳すれば「隠された人々」。つまり今まで歴史に埋もれて知られることのなかった人々という意味ですが、原作者のシャタリーは黒人女性計算手の存在が知られていないことを知り、NASAの歴史を調べたり、当時NASAで働いていた人たちにインタビューして原作を書き上げました。彼女たちの「検算」があったからこそ、事故なく宇宙計画が遂行されたというのに、計算書には人間コンピュータである彼女たちの名前が記されることはありません。黒人作家ラルフ・エリソンの『見えない人間』(Invisible Man、1952)同様に、白人には、黒人は透明人間のように目には見えない存在なのです。またこのタイトルには、宇宙飛行士が地球に生還するまでを支える「名もなき人々」の存在があることも暗示しています。宇宙開発では宇宙飛行士ばかりが注目されますが、ヒューストン飛行管制センターの研究員だけでなく、物理学者やエンジニアたち、そして人種に関係なくNASAで働くすべての人たちの結集した力があったからこそ宇宙開発が成功に導かれたのです。

最後に、『ドリーム』という邦題について。確かに映画冒頭では登場人物の「夢」についての言及があり、時々織り込まれる当時のニュース映像にはキング牧師が登場しますが、いくら黒人のサクセスストーリーだからといって安易すぎるタイトルだと思いませんか。その上、「マーキュリー計画」の成功を描いているのに、日本では「アポロ計画」の方が知られているからと、当初『ドリーム 私たちのアポロ計画』というタイトルだったそうです。公開直前に『ドリーム』になったということですが。みなさんも映画を見るときに、原題と邦題が同じか違うか、違うとすればどういう意図でそうなったのか考えてみるのもよいと思います。